次の問いに答えなさい。(4点)
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近所のスーパーで、きゅうりが安売りされていた。
私がふらふらと引き寄せられるようにきゅうりの列ぶ棚に歩み寄った理由は、その産地が故郷である宮崎産であったというだけではない。
きゅうりを買う予定など買い物メモにもどこにもなかったのだが、三本入り128円のきゅうりをいくつか手に取り品定めをしてから、いちばんつやのあるものを選んで買い物カゴに入れた。
きゅうりをカゴに入れて家に帰るまで、私はずっと、死んだ祖父のことを思い出していた。
きゅうり
祖父は無口な人だった。
あまり笑わずいつもしかめっつらをしていたせいで、眉間には彫刻のように深いシワが刻み込まれていた。
うちの両親は共働きで忙しく昼間は両方とも、祖母は外が好きで買い物に出ていた。
祖父はといえば、たいていいつも、座椅子に座ってテレビを見ているか、草花たちにホースで水をやっているか、三味線と太鼓をいじっているかのどれかだった。
うろうろしているように思えて、居間や庭や稽古部屋といった、幼い私がひとりで行ける範囲内にいつもいた。
聞こえはいいが、祖父がただ単に出無精だったというだけの話である。
そんなわけで私は、家にいつもいる祖父によくなついていた。
特に何をして遊んだ、という明確な記憶はほとんどない。
私は私でまた外出が好きな方ではなく遊びに行きたいだの公園に行きたいだの言わないタチだったため、出無精二人組は一緒にいたところで何をするでもなかった。
そんなわけで私達は、お互いに別々のことをしながら、よくだらだらと過ごした。
「じいちゃん」
私は言った。
私の声はこもっていて、聞き取りづらい。おまけに小さいし、祖父は耳が遠い。
私の呼びかけは祖父には聞こえなかったらしく、祖父はただ相撲中継に夢中だった。
「じいちゃん」
畳に寝転がってチラシの裏にボールペンで落書きをしていた私は起き上がってもう一度言った。
今度は聞こえたらしく、祖父がリモコンでテレビのボリュームを小さくして私を見た。
「お腹すいた」
「………」
祖父はデフォルトのしかめっつらのまま、しばらく考えるようにしていた。
男は台所に立つべからず、という戦前戦後の世を生きてきた祖父に、おやつなど用意出来るわけがない。
しばらくすると祖父はおもむろに立ち上がり、すこし覚束ない足どりで台所へと向かった。
冷蔵庫を覗き込んで、プリンを見つけ手に取った。祖父は甘党なのだ。
しかし私は容赦なかった。
「プリン、すかん」
私は小学校入学前の年頃のこどもにしては珍しく、この手の甘さがとても苦手なのだった。
祖父はそんな私の言葉にすこししょんぼりしてプリンを冷蔵庫に戻した。
そして取り出したのは、深い緑色をした、きゅうりだった。
祖父はきゅうりを袋から二本取り出すと水道の水で洗い、しわしわの手でぎゅうぎゅう塩揉みをした。
粗塩のついたままのきゅうりを受け取る。
それは幼い私の手にはすこし重く、みずみずしく表面がぴんと張っていて、ひんやりとしていた。
畳に座ると、孫と祖父、二人して塩味のきゅうりをかじった。
祖父がきゅうりの端っこを歯でかじってぺっと吐き出すのを見れば、私もそれを真似た。
きゅうりの健康的な水分が、夏の体を冷ましてくれるようだった。
きゅうりを食べ終えた二人は手を洗うと、それからまた、各々のやりたいことを好き勝手にし始めた。
祖父は数年前に他界して、もういない。
実家で使っていた結晶のよく見えるべたべたした粗塩ではなく、さらさらの塩だけど。
私は一人で、バリバリときゅうりをかじった。
もちろん端っこは歯でかじって、ぺっと吐き出して。
食べ終われば手を洗って、絵を描く。
来年の夏もきゅうりが美味しいといいな、とぼんやり思った。
了.
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